Works


[List] [Archive]

Miscellaneous,その他

2000年からモテる方法

文芸社『A』 Vol 2 [1998]



[第1回][第2回][第3回][第4回][最終回]


第1回 「インストールの前に」

 

「あの感嘆すべき豪華客船は、今なお沈み続けている」 - ある詩人の幻視

 

 魔術戦とは、すなわち情報戦である。逆もまた、然り。

 19世紀末の英国に華開いた近代オカルティズムの殿堂「黄金の夜明け団」の、見事に編集、統合された魔術体系の要をコンピュータに於けるソフトウェアに準えたのは、国書刊行会「世界魔法大全」「黄金の夜明け魔術体系」を翻訳・監修し我が国における実践西洋魔術紹介の立役者の一人となった江口之隆氏であるが、「にやにや笑いのグル」故ティモシー・リアリーは「メタプログラミング」という、よりあからさまで実も蓋もない用語でこの現代的霊性のあっけらかんとしたプラグマティズムを見事に言い表している。

 ロバート・アントン・ウィルソンは徹底した懐疑主義と諧謔精神を援用した破天荒な、しかし切実に真摯なサイケデリック・メタプログラミングを通じて、逆説的に「イルミナティの最後の秘密」に到達する爆笑&ちょっと切ない大河ロマン「コスミック・トリガー」によって、比類のない名作ソフトウェアを構築した。

 聖堂と位階制度を頑に守り、クオリティはお墨付きだがシリアルナンバーの登録を必要とする「黄金の夜明け団」系や、自らのカスタムメイドによるロジックボードと他人には理解不可能なプログラムで霊的ホットロッドレースに興じるオースティン・オスマン・スペア、ピーター・キャロル以降の混沌魔術系を、ともに「パッケージウェア」の異なる位相として捉えるなら、ウィルソンの「魔術的設定」はネットワークを通じて無限に自己増殖していくフリーウェア、狡猾なウィルスウェアともいえる。

 妖術使い、神秘家、唯物論者が三つ巴で繰り広げる熾烈な魔術戦を描いたE・ブルワー・リットン卿「不思議な物語」(1861)は、魔術戦における卓越した情報戦略論、具体の世界を追い越して奇形化している情報系の危機と、信仰というプリミティブかつ洗練されたプログラミングによって情報系の危機的混沌を乗り越える人間本性としての「愛」について、哲学的かつエモーショナルに語りかける。ここに読み取れる「天然の美」の概念が、「コスミックトリガー」が提示する「愛の陰謀」の概念と互いに補完しあうものであることを強調しておくことは少なからず意義あることだろう。

 ルネサンス以降の西欧精神史において、啓蒙主義的な自然科学の発展と神秘主義思想は表裏一体に融合し、本来分ち難いものであった。それはどちらも神=人間、マクロコスモス=ミクロコスモスという主題のもとに展開される「理性による自然の探究」という視点で一致し、神から人間へ、秘蹟から理性へ、戒律から道徳へと変奏されていく知のハルモニアを構成する二つの欠くべからざる基音なのである。自身もヘルメス主義思想や、19世紀末アメリカを中心に華開いた心霊主義運動(合理精神による霊界の探究というこの運動の時代性に留意せよ)に傾倒したリットン卿の魔術小説は、ロマン主義的幻想の闇と、合理主義的自然科学思想の鬼子としての硬化した唯物論思想の熾烈な情報戦の内に、二者を統合するルネサンス的知性=啓明へと到達する大いなる時代精神のフォーマットを見出す、高度な情報処理技術論として読むことができる。そしてそのより包括的なプログラミング技術という「ブービートラップ」を仕組んだのが、17世紀ヨーロッパを席巻した薔薇十字思想である。

 クリスチャン・ローゼンクロイツ伝説を象徴的な主題とした薔薇十字思想のテキストに、自然のダイナミズムに「新世界の意図と暗号」を設定として挿入していく「啓明された理性」の技術 - 情報戦略を見て取れる。1614年に匿名で出版された小冊子「ファーマ・フラテルニタティス」では、神秘的な大旅行家クリスチャン・ローゼンクロイツの生涯と、彼の創設した秘密結社「薔薇十字団」の「普遍の霊性と啓蒙による世界の改革」という主題が明らかにされる。クリスチャン・ローゼンクロイツという人物とその結社が、その存在自体すら謎に包まれてはいるものの、しかし「存在する」という「設定」がその後数世紀に亘って、またこれからも有効に機能する術式(フォーミュラ)として多くの哲学者、文学者、宗教家、そして科学者や魔術師達に受け入れられてきたことが重要である。薔薇十字団に参入するのではなく(そしてそれは事実上不可能であった)個々が薔薇十字思想というOSをインストールすることによってのみ、ある「愛の陰謀」に巻き込まれ、また加担していくことになるというこのウィルスプログラムは、ジョン・ディー、フランシス・ベーコンのルネサンス的知からジョン・ロック、ジョン・トーランドの理神論へと展開していく「啓明思想」が産み落とした、卓越した情報戦術論、また魔術戦術論といえる。

 さて、ここで熟考が必要である。
 ここでいう「陰謀」とは、いうまでもなく愚妹なユダヤ陰謀論や都市伝説の類いのそれとは本質的に区別され、また、ニューエイジ的「生命進化のウィルス」云々の扇情的三文芝居とも異なる知的位相において、思考のメソッドそのものに浸食していく「やっかいな」代物である。

 禅において「最初は山、これ、山。次に山、山にあらず。そしてまた、山、これ山。」として投げかけられる問いから、矮小化された不可知論へと収束することなく、新たな実践的情報処理技術論=意識拡大のための思考の足掛かりとなるモデルを、先述した包括的プログラミング技術論としての薔薇十字思想 - 本稿で「ブービートラップ」という比喩によって捉えようと目論むあの茶番劇、あるいは「愛の陰謀 - の核に潜む、高度な、そして今なお謎に包まれた情報戦略論として見出すことが、私が思うところの「2000年からモテる方法」のインストールに必要な作業前提である。

 蛇足ながら、しつこくコンピュータに準えるなら、ハードディスクの大幅な書き換え、特にOSの根幹に深く関わるインストール作業は、慎重に慎重を期して臨むべきである。些細な断片化やツリーファイルの障害は、時に深刻な困難 - 「存在しないシステムトラップ」を誘発しかねないことを、充分肝に命じるべきだろう。その自重と責任は、リスクを補って余りある魅力に満ちた未知の領域へのアップデートへと疾走していく魂のハッカーにとって、必要不可欠な倫理である。人間というミクロコスモスの神秘に満ちたブラックボックスをこじ開けるものにユーザーサポートは存在しない、という厳しい現実と恐怖を乗り越えるさせるものは、それでもモテたい、という強靭な意志の力なのだ。

 このスリルと興奮に満ちた冒険への意志を確認したなら、まずは自身のディレクトリ構造を眺め直して、慎重に装備の点検をして頂きたい。「情報拒否」などと嘯いてみるのはその先の話なのだから。

 

[第1回][第2回][第3回][第4回][最終回]

 

 

 

[List] [Archive]