[Majo Majo 2015年夏号] [2015]
「アフリカの水を飲む者はアフリカに帰る」
ジンバブエとザンビアの国境の街、ヴィクトリアフォールから百キロほど手前のハイウェイで車を止めてコーヒーを煎れていると、地平線の彼方から誰か歩いてくる。その人物は我々の30mほど手前で止まり、こちらの様子を伺っている。やおらパンパン!と景気良く手を叩き、調子のいい口上を述べ立てた。「ご機嫌麗しゅう、ご主人様! あわれな貧農であるこの私を、しばしのお茶のお供としてお招きくださいますればこれ幸い…」
青年は近くの農場(見渡すばかり地平線だが)で働く農夫であるという。名をンガムツクという。学はないが、噓をつかず物乞いもせず、誠実に生きてきたことが誇りであるという。コーヒーをすすりながらのなんということのない談笑は定番の話題「お国の諺」となり、そこでンガムツクが教えてくれたのが冒頭の諺である。
それが2001年のことである。それ以来、私はアフリカ大陸に未だ再び足を踏み入れていないのだが、この諺は私の心の中で常に反復・反響している。いつかおれはまたアフリカに帰るのだろうなぁ、だってアフリカの水を飲んでしまったのだから、と、半ば運命のように受け入れている自分がいる。
先日ルーマニアを訪れた時、私は会う人全てに「この土地で最もパワフルな精霊の名前を教えてくれ」と訊ねて廻った。ルーマニア正教とチャウシェスク独裁政権を経て、ロマを中心とした「魔女業界」がTVスターや政治家のスキャンダルに暗躍するルーマニアでは、欧米風の風通しのいいネオペイガン文化は意外と根付いていない。バスの中で英語でWitchcraftについて会話していても、ローカルの友人たちは少し声をひそめる。そんな雰囲気の中、私はようやく「Zxxx Zxxxxxx」という名前をききだした。タクシーの中でこの名前を友人からききだした時、タクシーの運ちゃんは「ハハハ旦那、間違いねぇ。」と笑った。ネット検索しても英語の情報はほぼ存在しない。
私はZZを日本に招きたいと思った。精霊の精霊ZZよ、美しいルーマニアの森を統べる妖精女王よ、極東の火山列島には、あなたがかつて見たことのない森があり、それもまた美しいのだ。あの手この手でZZのご機嫌をとり、数時間後のフライトで一緒に日本にいかないか、と口説いたが、一向にいい手応えがない。今回は無理かな、と思い始めた時、ブカレスト中心地から徒歩30分程の公園にいきあたった。
大きな池に、家族連れがボートを漕ぎ出している。初夏の程よく乾燥した空気に、噴水からマイナスイオンが沁み入る。これは身の程知らずな求愛者への、妖精女王からのささやかな慰め、恩寵のように感じられた。私はビージーズのヒット曲「メロディ・フェア」を口ずさんだ。
Who is the girl with the crying face.
watching the rain falling down?
ふと、ンガムツクから教えて貰った諺を思い出した。土地の水を飲むと、土地に帰ってくる。それは土地の精霊を体内に取り込むことで、深い絆を形成するということだろう。であるならば…
私は売店でペットボトル入りの水を買い、一気に一本飲みきって、空港へ向かった。
バンギ・アブドゥル(現代西洋魔術研究・翻訳家)
http://tokyo-ritual.jp
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