Works


[List] [Archive]

Miscellaneous,その他

映画「ナンバー23」 解説

[2007] kadokawa-pictures.jp



SEMANTIC HAZARD 23
最後の封印「23」が今、解き放たれる

 光ファイバーが大洋を横断し、地球表面を包む電子的神経網に浮かび上がるバーチャル空間が次なる経済活動の基点として射程に収められつつある現在、全てを加速度的にビット化するITとマネーチャートが描きだす美しい自律性に全面的な信頼を置きながら、我々は無邪気にも「知り得ぬことは既にない」といわんばかりに、暢気な充足感に浴している。

 しかし、我々が体験し、解釈し、我がものとした筈の欧米文化の表層が、解読のためのパスワードを必要とする「暗号」だったとしたら。我々が眺めている全ての表層が、無知なる者を笑い欺くイリュージョンに過ぎないとすれば。そしてそのようなカモフラージュの深層のメッセージが解読されたことなど、幕末の開国以来一度たりともなかったとすれば……。

 その不穏な疑惑は近年、一連の映画作品の堰を切った様な公開ラッシュ現象を通じて、確実に社会意識に浮上し始めている。「セブン」「ダ・ヴィンチ・コード」が描く、反転されたキリスト教のイコン群、「シックス・センス」の暗喩の網、そして「マトリックス」「マイノリティ・リポート」が突きつける「隠された現実」感覚、これらは全てある一点の「闇」、我々日本人が決して取り込むことのなかった、そのあまりの奇怪さに困惑し文化的防御本能によってその流入を水際で拒んだ、欧米文化の深層に巣食う不気味な「怪物」の存在を、我々の眼前に突きつけているのだ。

 その「怪物」とは、ユダヤ秘教伝統カバラ、錬金術などルネサンスに花開いた秘教思想、テンプル騎士団、フリーメーソンなどヨーロッパと新大陸を席巻した秘密結社のネットワーク、そして19世紀末から今日に至るまで通奏低音として振動し続けているテクノロジーと霊性のエロティックな交歓、それら「見えざる西欧」の地下水脈の総体である。

 我々日本人は長らく、これら怪しげな地下水脈を死にゆく西欧の亡霊として一蹴してきた。ラテン語源の「隠されたもの」を意味する「オカルト」を、ネッシーやUFOやスプーン曲げといった表層として消費し、文化的フリンジとして切り捨ててきた。そしてこの拒絶が、続く半世紀に渡る致命的な情報欠落を引き起こし、誤読とせん妄のうちに暴走し破綻したバブル経済と文化失速の引き金となった。

 すでに日常生活に欠かせないものとして溶け込んだインターネットを利用する時に、ふとIT独特の言葉遣い、ボキャブラリーの異質さに気付いたことはないだろうか。メーラーディーモン(Mailer Daemon)イーサネット(Ether net)アバターチャット(Avatar Chat)……。70年代のコンピューターフリーク、ハッカーたちが築き上げたITネットワークの随所に、ディーモン/Daemon(ギリシャ語源/地霊・使役魔)エーテル/Ether(ギリシャ語源/霊気)アバター/Avatar(サンスクリット語源・化身)といった秘教的なイメージが散りばめられているのは何故か。ビートルズの代表作「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」のアルバムジャケットに、ユング、アインシュタインと並び座を占めている「20世紀最大の魔術師」アレイスター・クロウリーとは何者なのか。サイバーパンクSFの騎手、ウィリアム・ギブソンが近未来の千葉、ロンドン、極点を舞台に描く「スプロール三部作」で、執拗にブードゥーの魔神に言及するのは何故か。明るいものと暗いものが同時に、瞬時に輝き、また見えなくなるようなこの違和感は、どこからくるのだろうか。

 20世紀のテクノロジーの輝かしい歩みが、同時にオカルティックな「月の光」の波長をも内在していることを示す事例は、IT用語やSF的想像力の範疇にのみ見いだされる訳ではない。たとえば宇宙工学。NASA(アメリカ国立航空宇宙局)を生み出す母体となったカリフォルニア工科大学の共同設立者、ジャック・パーソンズは、月のクレーターにその名を残す偉大なロケット工学者であると同時に、アレイスター・クロウリーによって再編された東方テンプル騎士団(Ordo Templi Orientis)のカリフォルニア支部長でもあった。冷戦下の米ソ宇宙開発競争時代、NASAの研究室にはクロウリーのピンナップが誰によってともなく張られていたという逸話がある。

 サイケデリック革命を指揮したポップ・グル、ティモシー・リアリーは、LSDによる精神拡張から地球外移民とケミカルデザイニングによる知性増大というテーゼを掲げ、後にLSDをコンピュータに置き換えたサイバー革命を準備した。「言語はウィルスである」というオブセッションに没頭したカルト作家、ウィリアム・S・バロウズは、地球外から人類の脳に感染した言語ウィルスによるコントロールを撹乱するために、原稿を切り刻み、リアリティを再構成するカットアップ技法を編み出し、その文化遺伝子は神経言語プログラミングと呼ばれる心理療法や、DJミックスとサンプリングによる音楽、ヒップホップ/ハウスミュージックに受け継がれた。

 60~70年代にかけてのアメリカ文化といえば、フラワーチルドレン、ウッドストック、ベトナム反戦運動といった事柄が想起されるだろう。長髪にひなげしを飾り、LSDの酩酊に禅を追求し、宇宙的な愛と精神の平和、自然回帰を説くポップ求道者たち。しかしそのステロタイプの深層には、フランス実存主義哲学や量子物理学にのめり込み、旧態然としたイデオロギーを嘲笑しながら、来る大消費型経済構造とITネットワーク社会を正確に予知していた知的アナキスト層が形成されていた。彼らはオカルト文学の古典をポストモダニズムによって再解釈し、ウォーホルのポップアートから攻撃的な戦略意味論を抽出し、サイバネティック宗教心理学を醸造しながら、後にハッカーと呼ばれる新たな都市部族勢力を形成していった。

 彼らの世代を牽引したカルト・アンセムは、ロバート・シェイ&ロバート・A・ウィルスンによるSF小説「イルミナティ三部作」。世界的な陰謀結社「イルミナティ」と、狂気の女神を信奉するアナーコ・ヒップなメタ宗教勢力「ディスコーディアン」との闘いが、随所に現れる神秘数23とともにハイスピードで展開する、空前絶後のサイケデリックSF小説だ。この作品は実在のディスコーディアン運動と連動し、ウッドストック以降/サイバーパンク前夜の若者たちの人生を不可逆的に更新した。彼らが心酔した神秘数23はバロウズ、イルミナティ、ディスコーディアンといった時代のアイコンとともに、最もスリリングな符丁、暗号として時代精神に刻印された。

 この世代からいち早くスピンアウトしたのが、アップル・コンピュータを設立したスティーブ・ジョブズである。ディスコーディアン運動のシンボルであった林檎をトレードマークに掲げ、全く新しいパーソナル・コンピューティングの方法論を打ち出し、文字通り未来地図を更新してしまった。また「イルミナティ三部作」に熱狂したブルース・スターリング、ルーディ・ラッカーといった新世代SF作家群が頭角をもたげ、後にサイバーパンクと呼ばれる次世代SF運動を準備した。映画監督のリドリー・スコットは、バロウズの「ヘビーメタル感覚」を悪魔的なまでのクオリティで視覚化した魔術師かつアーティスト、H・R・ギーガーを美術監督に迎え「エイリアン」を製作した後、P・K・ディックの先駆的サイバーパンクSF作品「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」を映画化、そのタイトルにストーリーとは全く無関係でありながら「ブレードランナー」というバロウズの同名小説のタイトルを冠した。また近年話題となった世界的ヒット作「ダ・ヴィンチ・コード」原作者であるダン・ブラウンは、「イルミナティ三部作」と23エニグマへの全面的なリスペクトとオマージュを捧げている。彼ら時代のキーパーソンたちは、「23」のシグナルを受信し、文字通り未来を創造するという陰謀に果敢に参画していったのだった。

 原書が発刊されて38年を経た2007年、ようやく「イルミナティ三部作」が翻訳・出版され、我が国にウィルス「23」の純粋種株が解き放たれた。そしてその僅か数ヶ月前、著者ロバート・A・ウィルスンは鬼籍に入り、さらにその数ヶ月後、11月23日に「ナンバー23」が公開される。この出来事は極東、黄昏の経済大国における「23エニグマ」の最新事例としてリストに追加されるとともに、見えざる欧米文化の深層潮流が、我々の目前で遂に最後の封印を解かれたアポカリプスの徴として、記憶されるだろう。

 

附録: 23エニグマ


 「23エニグマ」と呼ばれる謎の体系は、デビッド・クローネンバーグによって1991年に映画化されたカルト小説「裸のランチ」の著者、ウィリアム・S・バロウズの作品群に繰り返し現れる不吉な啓示として広く知られることとなった。バロウズは新聞の切り抜きや様々なリサーチから、世界の随所に現れる23の奇妙な符号を収拾し、精神びらん性の言語ウィルス兵器「B23」といった地獄的なガジェットを自身の作品世界に注入した。また70年代中期にはロバート・A・ウィルスンとロバート・シェイによるカルトSF小説「イルミナティ三部作」において「混沌と虚無を象徴する神秘数」として祀られ、ここに「23エニグマ」の神話的構造が完成した。

 以降「23」は「バロウズ・コミュニケーション」や「ディスコーディアン」といった対抗文化勢力のシンボルとなり、その地下ネットワークの母体であり発信拠点であるアメリカの心象風景に浸透していく。60年代から継続されたサイケデリック神秘主義、量子飛躍とカオスに彩られた科学史上のパラダイムシフト、パーソナルコンピューティングとハッカーの新興文化が渾然一体とり、その知的地下水脈の影響下に80年代サイバーパンクSF、ハウスミュージック/レイブカルチャーがグローバルな運動体として勃発した。

 世界を席巻するポップカルチャー、世界の警察を自認するグローバルパワーといった「強いアメリカ」と、心理カウンセリングへの過剰な依存、慢性的なパラノイアと陰謀論の坩堝である「病めるアメリカ」、その陰陽両面の黙示録は、郊外の巨大ショッピングモールと大資本管理のMTV、TV宣教師の原理主義的な終末論に自閉していくアメリカの精神的危機に映画、文学、音楽の様々な領域から警戒の声をあげる対抗文化潮流の符丁「23」にエンコードされたのである。

 「23エニグマ」の核心は、統計データや文化的コンテクストにのみに存在するのではない。23の不思議に取り憑かれた人々は、実生活においてこの数字に意識を向けた途端に、なぜか連鎖的に「23」が現れ始め、それでいてその意味するメッセージは常に不明瞭で混沌としたまま、なんら有用な教訓や予見をもたらさないという、まるで眼前で不吉な踊りを踊り続ける無言の道化との対面のような、魔術的な体験を強調する。これは誰にでも容易に体験できる。試しに、この映画を観た後、日常に現れる「23」を意識して採集してみるといい。何気なく坐った席が23番シートであったり、ふと手にした、さして重要でもない書類の通し番号が0023であったり……


 これらは、心理学的には「アポフェニア」と定義される心理現象としても説明され得るのだが、果たして純粋に心理的な錯覚に過ぎないのか、深淵な謎を秘めた「符号」の発見なのかは、あなた自身の体験で確かめていただきたい。以下は、「23エニグマ」の例である。

・フィリップ4世がフランス全土においてテンプル騎士団のメンバーたちを一斉に逮捕したのは、1307年10月13日(10+13=23)。
・ジュリアス・シーザーは暗殺時、23回刺された。
・ラテン語のアルファベットは、23文字で構成されている。
・ヒトの生殖細胞に含まれる染色体は、23本。また、人間の性を決定づける遺伝子は、第23番目遺伝子である。
・血液が体全体を巡るのに必要な時間は、23秒。
・古代エジプト・サマリア暦は、7月23日から始まる。
・地球の地軸は、公転面に垂直な方向から23.5度傾いている。
・タイタニック号の沈没 1912年4月15日(1+9+1+2+4+1+5=23)
・英・劇作家、詩人のウィリアム・シェイクスピアは、1564年4月23日に生まれ、1616年4月23日に他界した。
・ナチス・ドイツ初代総統、アドルフ・ヒトラー自殺 1945年4月(1+9+4+5+4=23)
・古代マヤ人が信じた世界の結末 2012年12月23日。
・カルト集団「The Family」のリーダー、チャールズ・ミルズ・マンソンの誕生日 11月12日(11+12=23)

 

 

 

[List] [Archive]